デッサン

「運慶」の最高傑作を描く!人間より人間らしい彫刻の秘密に迫る

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運慶展

 

 

昨年秋、東京国立博物館で開催された「運慶展」は入場者数60万人を超える大盛況だった。

僕も行ってきたのだが、それはもう凄まじい長蛇の列で入館までに1時間以上かかった

 

なかでも人気だったのが、運慶晩年の名作「無著菩薩立像・世親菩薩立像」。古代インドの学僧兄弟の像であり鎌倉時代の仏像彫刻の最高傑作だ

 

彫刻なのに人間より全然人間らしい神秘的な空気をまとっていてすっごい感動した

生き写しのようなリアルな表情からは静謐で慈悲深い精神性が滲んでいて、仏道探求への力強い意志も感じられる素晴らしい彫刻だ。大乗の理念をそのまま具現している

 

そして思った

 

描きてぇ!!!!(言葉が乱暴でごめんなさい)

 

2大彫刻の安置場所

 

描く前に気になったのは、普段はどこで見ることができるんだろう?ということだったので軽く調べてみた。

 

この2体の傑作は普段は法相宗の大本山である興福寺の北円堂に安置されている

 

北円堂の本尊・弥勒仏座像の向かって右側に兄の無著が、左側に弟の世親が経ち、それぞれ本尊側の足を一歩前に踏み出した姿である。

 

なんと像の高さは2mちかくある大作だ!

 

弥勒仏座像の両脇に兄弟が立つことで師弟関係を表し、法相宗の教えが誰によって生み出され、どのように成立したのか訪れた人が一目でわかる空間が作り出されている。

 

なるほど、色々工夫されているわけだ。

 

畏れ多くも2体を描いてみた

 

 

無著像

まずはお兄さんの方から。

 

口は少し力を込めたように引き締まり、穏やかではあるものの仏道探究への強靭な意志も感じさせる表情が印象的だ

 

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世親 

 

次に弟さん

眉間に皺を寄せた険しい顔立ちで、穏やかな雰囲気の無著と対照的な表情だ

顔の造作を微妙に造り分けることによって兄との性格の違いを表現しているように思われる

 

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兄弟なので実際はそれほど年齢差は無い。

でも彫刻をみるとかなり歳が離れているように見える。

 

これは年齢差というよりも兄の方が世親よりも授業を積み教学を修めたぶんの貫禄として表情や姿に現されているののだ(という説が説得力あるので僕は信じている)

 

彫刻に命を吹き込む玉眼(ぎょくがん)

 

木造彫刻なのに今にも動き出しそうな気配を感じる大きな理由

それは「」にある

なんと目だけは木ではなく水晶を使っているのだ!

 

堂内に差し込む光を受けて輝いている目を見ると、こちらが考えていることが全て筒抜けになっているんじゃないかと錯覚してしまう。

 

これは目に水晶を削ってはめ込む「玉眼」という独特の技法だ。

運慶オリジナルの技法ではないものの、この玉眼の扱い方は神がかり的に巧みだったという。うーん、納得だ

 

おまけデッサン 

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僕はこの彫刻も凄い好きだったので描いてみた

 

 

インド仏教を代表する学僧 

 

 

インド仏教においてこのご兄弟二人は最重要人物とされている

 

兄の無著が弥勒から教えを授かり、それを世親と共にまとめ上げた

 

その業績の中心が「法=すべての現象・存在」「相=その特質・本質」についての体系化で、これが玄奘三蔵によって中国(唐)に伝えられて「法相宗」となった。その教えが日本に流れてきて興福寺に受け継がれている。

 

 

 

簡単に言うと、法相とは「目の前にあるすべての存在・現象は実在ではなく心が作り出したものに過ぎない」という考え方で、「唯識(ゆいしき)思想」がもとになっている

 

 

(ちなみに、今流行りのヨガも瞑想によって心のありさまを洞察しようとする唯識思想に基づく修業のひとつだったりする)

 

 

 運慶はこうした歴史に敬意を払い理想的な像を作りあげたのだ

 

 

鎌倉時代の彫刻

 

 

運慶が生きた時代はちょうど貴族が隆盛を極めた平安時代から、武家が権力を握る鎌倉時代へと時代が移り変わったころだ。

 

当然仏像も貴族好みの穏やかな作風から武家が好む勇ましくて迫力のある造形が求められるようになった。

 

この激動の時代、彼は奈良・京都を拠点としながらも早い時期から東国武士と関係を持ち彼らの為にも仏像を制作した

 

特に1180年に起こった南都(奈良)焼き討ちの被害は甚大だった

その復興のために運慶は一門総出で仏像の制作に取り組み、その結果新しい時代の仏像彫刻が確立され広まっていったのだった

 

大乗って?

 

 

平安から鎌倉への移行期(源平の戦いあたり)は明日どころか1時間先の自分の命さえ保証されないような厳しい時代だったのだと思う。

 

そんな時人々が欲していたのは、仏教の難しい漢文の教えよりも単純にシンプル化した優しい教えだったのだ。

 

「仏教大乗化」とは難しい教えを優しくして皆に広めていきましょうよっていう運動だったと僕は理解している。

 

苦しんでいる多くの人を救いたい!っていう大乗仏教における慈悲のまなざしがこの運慶の彫刻からはっきりと感じられる。

 

時代の悲壮感を一身に受け止めたこの彫刻を見て、僕は胸を打たれたのだった。

 

 

これまでは西洋の彫刻を描くことが多かったけど、木造彫刻もいいものだな~

 

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いつか彫刻やってみたい。

そのためにはデッサンしっかりできなきゃね。

 

 

ではこの辺で

 

ちゃんちゃん

 

 

 

 

 

 

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